※暴力描写注意







血の匂いは煙草の煙ではごまかせなかった。
記憶は、いつも誰かの悲鳴と叫びに満ちている。
その手を伸ばし、必死に命を乞うている。
王よ、地中海の覇王よ、どうぞお赦し下さいませ。
そう脆弱に乞う命を容易く摘み取るが王の証であると、 そう信じて疑わぬ男が其処にいた。男は自分だった。
ギュネシかアイか、どちらが好きかと問われれば答えは間違いなくギュネシであった。
しかしいつも目が覚めるのは欠けたアイが不気味な夜ばかりだ。
亡者の呪いなのかもしれない。いやそうに違いなかった。
不愉快な夢と目覚めに、寝台から体を起こしてトルコは部屋の中を見渡す。

「ハーク」

そして部屋の隅に蹲る小さな影に安堵する。
「こっちに来い」
低く呼ぶと、丸い影はぴくりと肩を震わせて恐る恐るこちらを伺った。
「どうした、こっち来い」
ところが影はちっともこちらに足を向けない。暗闇に、月を浴びた青い瞳がきらりと輝いた。
そんなところばかりがあの女によく似て、
気がつけばこの手にうずくまるその影の髪を掴み、絨毯の上に引き摺り倒していた。
影は涙と恐怖を堪えてこちらを見上げるのだった。
そういえばあの女の最期の夢だけはいつだって見ない。
多分それを見たら自分は死ぬと思った。
耐え切れずに自らの手に握ったシャムシールがこの首を貫くと思った。
それぐらいあの女が好きだった。
つまりこの連日の夢はあの女の呪いか?

「ハーク」

呼んだ影はふるふると震えている。
なんでギュネシもお前も俺のものにならない?
月ばかり俺を嗤う。
拒絶する影に、拳を振りおろした。









20120118/あおえ(judecca)